注目研究の紹介 2023年3月

 本学の注目研究を毎月1つずつ紹介します。

【2023年3月】
 木造建築遺産の保存に向けての研究
(デザイン・建築学系 MARTINEZ ALEJANDRO 助教) 
 研究者総覧 ・ 研究者紹介ハンドブック ・ 紹介動画(You Tubeが開きます)

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木造建築遺産の保存に向けての研究

木造建築遺産の価値―有形と無形の両側面

 木は土と石とともに、建物を造るために最も古くから使用されてきた材料の一つです。世界中のあらゆる地域には昔から木で建物を造るための大工技術が発展し、様々な木造建築が建てられてきました。このような建物には歴史的な価値、芸術的な価値、技術的な価値など、多種多様な文化的な価値が認められ、人類共有の貴重な遺産を成しています。長い歴史の中で生まれた木造建築およびそれを造るための伝統的な技術を総じて「木造建築遺産」と呼びます。すなわち、木造建築遺産には建物といった「有形」と、技術や知見といった「無形」の二つの側面があります。建物を保存するためには技術が必要であると同時に、技術を知るための最も重要な情報源は建物であるため、この両者は不可分な関係にあります。
 しかし、近代化とともに鉄やコンクリートなどの新しい建築材料と技術が導入されて以降、伝統的な木造建築が徐々に建てられなくなり、大工技術も使用されなくなりました。木造建築は常に維持や修理を必要とし、管理が行き届いていないと劇的なスピードで劣化します。さらに、近年、火災や自然災害などによって、多くの歴史的な木造建築が失われています。また、需要がなくなった伝統的な大工技術も途絶えつつあります。現在、世界中の木造建築遺産は危機的な状況におかれています。
 この研究の目的は、世界各地の木造建築遺産の特徴を明らかにし、それぞれの実態に即した最も適切な保存方法を提案することです。そのため、各国の木造建築の修理現場を調査し、修理の際に適用されている理念と技術を明らかにし、国際比較の観点から分析を行います。ここでは、その例として、日本とバスク地方における活動を紹介します。

国際的な観点から見た日本の木造建築遺産保存

 近世以前の日本では木は主要な建築材料であり、庶民の住宅から寺院や城郭などの建築まで全て木で造られていました。明治期以降、このような歴史的建築が文化財として保存されるようになり、日本独自の文化財建造物の修理方法が開発されました。日本の伝統的木造建築は世界的にも高く評価されていますが、海外においていまだにその修理方法は様々な誤解を受けています。中でも根強く浸透しているのは、日本の木造建築が全て定期的に取り壊され、新しい材料で作り直されている、という間違った認識です。この誤解は、海外でも有名な伊勢神宮の式年造替のイメージに由来しますが、実は材料を完全に更新する式年造替の方法は日本でも大変珍しく、現在は伊勢神宮でしか行われていません。ほとんどの歴史的な木造建築では、従来より古材を大事にして、できる限り材料を再利用しながら修理が行われています。

図1 古材を最大限に残しながら修理されてきた日本の歴史的な木造建築(熊野神社長床)

 日本の文化財建造物の修理方法に対する誤解を晴らして、海外における理解を深めるためには、修理の際に実際に適用されている考え方を明確に整理し、正確な情報を発信する必要があります。興味深いことに、明治期以降、試行錯誤を重ねながら日本で確立された修理方法の理念は、それとは無関係にヨーロッパで並行して成立した文化財保存の理念に極めて近いものです。このことは、歴史的建築の価値に対して同様の認識を共有する各国の専門家は、地域や背景が異なっても、文化財の修理方法について同様な結論に至ることが多いことをあらわしています。
 一方、日本では古材をできる限り長持ちさせる上記の考え方とは異なる方法で継承されてきた建造物もあります。例えば、山口県の岩国市にある錦帯橋は、江戸時代初期に創建されてきましたが、金具を使用して結合された比較的細い木材で構成されており、屋根がなく常に雨ざらしになっているため、元来架け替えを前提とした造り方になっています。

図2 江戸時代より何度も架け替えを重ねてきた錦帯橋

 江戸時代から何度も架け替えが行われましたが、その度に従来の形態を厳密に踏襲し、材料が更新されるものの、その美しい姿はほとんど変わっていません。一般の文化財建造物の修理や、伊勢神宮の式年造替とは、また異なるもう一つのパターンを体現しているのです。このような、従来の枠に当てはまらないユニークな建造物をこれから如何に保存し、その価値を如何に国内外に伝えるかも、この研究の一つの課題です。

スペイン・バスク地方の木造教会の保存に向けての基礎研究

 ヨーロッパでは、歴史的な建物は石で造られているイメージが強いですが、実はログハウスなどの純粋木造の歴史的な建物が北欧や東欧に広く分布しており、ハーフティンバーといわれている木と煉瓦の混合構造の建物がヨーロッパ全域に数多く残っています。

図3 ログハウス構造の教会建築(ポーランド)

図4 ハーフティンバーの住宅(イギリス)

 さらに、外壁が石で造られた歴史的な建物の場合でも、たいていの場合において屋根や床は木で造られています。
 しかし、従来ヨーロッパでは石の建築が優先され、比較的近年までは木造建築の保存は重視されていませんでした。また、建築技術、使用樹種、環境など、建物を取り巻く事情が極めて多様で、一律の方法で木造建築を保存することができません。木造建築の修理の長い経験を有する日本と異なり、ヨーロッパの各修理現場は、適切な保存のアプローチと方法をほぼゼロから考える必要があります。
 ヨーロッパの木造建築遺産の中でも、ユニークな特徴を持つ興味深いものとしては、バスク地方の木造教会があげられます。バスク地方はスペインとフランスの国境を走るピレネー山脈西端の両側にまたがる地域で、森林資源が比較的豊富であり、歴史的に多様な木造建築文化が発展しました。現在でも、住宅や高床式倉庫など、多くの木造建築がのこされていますが、中でも高度な大工技術によって造られたものとして注目されるのが、木造のヴォールト天井を有する教会群です。

 

図5 バスク地方の木造ボールト天井を有する教会

 そこでは主に組積造の外壁上に木造の小屋組みを組んで屋根を支え、小屋組みから木造のヴォールトを吊る形式が採用されています。この教会群のうち、数棟の建造物において、劣化が著しく進行しており、修理の時期が迫っています。しかし、そうした木造ヴォールト天井の設計・施工に関する技術が十分に解明されていないために、適切な修理を行うことが困難です。従来、金具補強や接着剤を使用して、応急的な修理が施されてきましたが、現地の伝統的な大工技術の価値も含めて、このような建造物が有する文化的価値を確実に守るためには、総合的な保存方法を構築することが急務となってます。
 そこで、本研究において、まず、木造ヴォールト天井の設計・施工に使用された大工技術を明らかにすることを目的とします。さらに、この建築群の造営に使用された伝統的な建築技術の特徴を明確にしたうえで、その文化的価値に即した保存方法を提案することを目指しています。
 研究の第一歩として、バスク州立大学の専門家と協力して現地で対象の教会建築の詳細調査を行いました。現状を正確に記録するために、3Dスキャニングを行い、高精度の3Dモデルを作成しました。

図6 教会建築の3Dモデル

 現在、この3Dモデルを使用して、建物の寸法の分析を行い、建物の設計にあたって使用された基準尺度を明らかにすることを試みています。
 今後も、さらなる調査と分析を重ね、この地域の伝統的な大工技術の一端を明らかにすることにより、バスク地方の木造建築遺産の保存に協力したいと思います。

【主な発表論文・関連特許】

  • マルティネス アレハンドロ『木造建築遺産保存論-日本とヨーロッパの比較から-』(2019)、中央公論美術出版
  • Martínez de Arbulo, Alejandro ‘The Ship of Theseus: a misleading paradox? ―The authenticity of wooden built heritage in Japanese conservation practice’, Journal of Architectural Conservation (2022) 
    https://doi.org/10.1080/13556207.2022.2160554
  • マルティネス アレハンドロ、アルトラ テレサ「バスク地方の大工技術に関する研究(1):3棟の教会建築における木造筒型ヴォールト天井のレーザースキャナーによる測量および3D モデルの作成」日本建築学会大会学術講演梗概集 建築歴史・意匠(2020)pp.353-354

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